好きなアーティストのWebサイトに魅了され、「自分も作りたい」と独学で飛び込んだデザインの世界。アートディレクター大石智久さんvol.1

クリエイターの仕事や生活に役立つ情報をお届けするSHOOTEST Journal。今活躍中のクリエイターをパーソナリティとして迎え、日頃仕事や私生活で感じる疑問や悩みを率直に語ります。
今回のパーソナリティは、アートディレクターの大石智久さん。株式会社Pooka.の社員としてSHOOTESTをはじめ、多数のWebサイトに事業計画の段階から携わっています。この記事では、大石さんがデザインの仕事を始めたきっかけについてご紹介していきます。
独学で歩み始めたデザインの道
ーー大石さんは、もともとデザイン系の学校に進んでいたわけではないそうですね。
はい。デザインとは関係のない大学を中退した後、地元でフリーターをしていました。接客や販売、ルート営業などをしていましたね。
ーーデザインの世界に入ったきっかけを教えてください。
元々パソコンやネットが好きで、写真やイラスト、音楽などをパソコンで作ってアップして、反応をもらえるのが嬉しかったんです。それで、こういうものを作る仕事をしたいな、と自然と思うようになりました。
そんな時、たまたま好きなアーティストのWebサイトを見たらすごく格好良くて。インタラクティブなWebサイトが主にFlashで作られていた時期で、デザインはもちろん動きも面白くて、「こういうものが作りたいな」と思いました。
それで、FlashやPhotoshopなどのアプリケーションやhtml・cssの本を買ったり、自分で調べながら勉強を始めました。完全に独学でのスタートですね。
Twitterでの募集に応募するところから始まった
ーー自分で学んでスキルを身につけたとしても、それを仕事にするのは簡単ではないですよね。
はい。独学で身に付けたことが仕事で通用するか、そこに最初の壁があると感じていました。
初めての仕事は、Facebookページのバナーを作ったり、テキストを流し込んだりする仕事でした。Twitterで制作者募集の投稿を見つけて応募したんです。
ーー地道に募集を探して仕事を獲得したいったのですね。
そうなんです。そんな時、東京のIT企業に就職した高校の同級生が、家業を手伝うために地元に戻って来ました。「今、デザインやコーディングをやっているんだ」という話をしたら「手伝ってくれないかな」と言われて、手伝うようになりました。
バナーの制作から始まって、ネット販売用のページの制作など、だんだん規模の大きい仕事も頼まれるようになっていきました。
東京で会社の立ち上げを経験
ーー少しずつ制作の仕事を請けられるようになった後は、どうしましたか?
1年ぐらい経った頃、その同級生から「一緒に会社をやらないか」と誘われたんです。同級生ともう一人の友人と僕の3人で、東京で会社を立ち上げました。
メイン事業が自社ECサイトの運用と、それと連動した在庫管理システムを開発する会社だったので「制作会社」というわけではありませんが、Webサイト制作の受託案件も担当していました。2年ほどそこで仕事をした後、地元に帰ってフリーで働くようになりました。
ーー会社の立ち上げ期に合流して、いろんな仕事を経験した後、またフリーランスに戻ったということですか?
そうですね、Webデザインだけでなくチラシ・パンフレット制作や撮影も含めてできるようになって、地元に戻って一人で新たなスタートを切りました。
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次回は8/27(金)公開予定です。デザイナーとして一通りの仕事をできるようになって地元に戻った大石さんが、フリーランスとしてどうやって仕事をスタートしたのか、そしてそこで感じた“限界”についてもお伝えします。

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